患者が検査や治療を拒否する場合の対応
患者に対して、経過観察や治療行為のため定期的に受診するように指導したのに、途中から患者が病院に来なくなったことや、患者側が入院の予定を勝手にキャンセルし、検査や治療ができなかったということはないでしょうか。
予定していた検査や治療をしないと命にかかわる重大な問題になるかもしれず、検査や治療の拒否は患者の自己責任であるとして放置しておいてよいのかどうか、不安になることもあるかもしれません。
医師が診察や治療行為を行う場合、医師と患者との間には、診療契約が締結されているものと考えられます。この診療契約上、医師は、患者の診断結果や治療方針等について説明すべき義務があるとされており、検査や治療の必要性を伝えることもまた、説明義務の内容に含まれるものと考えられます。
患者側の受診中止に関し、舌癌を発症した患者が医師の態度に不信感を抱いて受診を中止したが、その後、主治医が病状の変化などについて問い合わせたり、助言したりせず放置したこと事案において、患者が医師の治療を受けることをやめた後においても、患者が何故に受診を止めたのかを突き止め、患者が「適切な治療を続けているかどうかを確認し、適切な助言をして、病状の悪化を防止すべき注意義務があった」と判断した裁判例もあります(東京地判平成元年3月13日)。
一方で、治療行為は、医師が単独で行うことのできるものではなく、患者と医師との相互の信頼関係を基礎とするものであって、患者側にも一定の協力義務があるものと思われます。
以下の事案(最高裁平成7年4月25日)では、患者側にも「患者として医師の診断を受ける以上、十分な治療を受けるためには専門家である医師の意見を尊重し治療に協力する必要があるのは当然」であるとされています。
事案:腹痛のために病院を訪れた患者に対し、検査の結果胆のう癌と診断したものの、患者の精神的ダメージを考慮し、「胆石がひどく胆のうも変形していて早急に手術する必要がある」と説明して入院を指示したところ、旅行の予定がある等の理由で患者に入院を拒まれた。粘り強く説得を継続し、結果として、旅行の後に入院することを約束したが、患者が医師に相談なく入院の予定を延期した。その後、患者の病状が悪化し、治療を開始したものの死亡した。
判旨:医師が、「真実と異なる病名を告げた結果患者が自己の病状を重大視せず治療に協力しなくなることのないように相応の配慮をする必要がある」としつつ、本件においては、医師は、入院による精密な検査を受けさせるため、手術の必要な重度の胆石症であると説明して入院を指示し、患者から入院の同意を得ていたが、患者が医師に相談せずに入院を中止して来院しなくなったのであるから、「医師に配慮が欠けていたということはできない。」とし、医師の責任を否定した。
また、初診時に肺に見られた陰影が異常影であるか判断するため、医師が再検査の指示をしたものの、患者がこれに従わず結果として肺がんで死亡した事案では、以下のように判断されています(名古屋地裁平成14年8月28日)。
判旨:「医師ないし医療機関は,一般的に,診療契約に基づき,又は医療の専門家として,患者の状態が診察,検査を続行し,経過を観察する必要があると判断される場合には,患者に対し,診察,検査等の医療行為を受ける必要性について説明し,患者が適切な時期に適切な医療行為を受けるように指導する義務を負うと解するのが相当である。」としたものの、本件初診時に認められた肺癌の初発症状は咳のみであって深刻なものとまで認められなかったことや、レントゲン写真上も明らかな異常影までは指摘できなかったこと等を考慮すると、Aを診察したB医師らがAにすべき指導義務の内容及び程度としては,「レントゲン写真上の陰影が異常影か否かを診断する必要性を説明して,次回受診時に新旧レントゲン写真の比較読影による診断を受けるよう指導することで足り,この指導に従わないで受診しないAに対して積極的に働きかけて,繰り返し受診するよう指導すべき注意義務まで負うものではないというべきである。」とした。
上記の各事例のように、患者が検査や治療を拒否する場合には、医師が検査や治療の必要性が高いことを具体的に説明し、検査や治療に来るように指導していたか、また、患者がそれを理解し得る程度の説明がなされていたかが問題になるものと考えられます。
また、十分に説明していたとしても、患者側から実際に説明義務違反を指摘されたような場合には、説明した内容や、患者から拒否の意思表示を受けた後、医師がどのような指導をしたかにつき、記録を開示できるようにしておく必要があります。
後のトラブルを防ぐため、客観的にみて不合理な理由で診療を拒む患者に対しては、説明書の作成をしたり、説明を受けたが患者の事情により治療等を受けない意思を免責証書等の書面で表示してもらうといった対応をとることも有効です。
なお、幼い子どもの親が、子どもに対する診療を拒否する場合には、さらに注意が必要です。
親であるといっても、子どもの生死を決定する権利はありません。宗教上の理由等も考えられますが、子どもの生命に危機が迫っているにもかかわらず、親が治療に同意しない場合には、緊急事務管理(民法697条、698条)として親の同意なしに治療することや、医療ネグレクトにわたるものであるとして児童相談所への通告(児童虐待防止法6条1項)が必要となるかもしれません。
医師の指示に従わず、検査や治療を拒むような患者に対して、医師がどこまで対処すべきであるかは、患者の容態や受診拒否の理由によりケースバイケースで判断されるところであり、裁判例等に照らした適切な対応や、十分な説明を行ったことを示す資料の作成が必要となる場合があります。
患者からの診療拒否について対応に迷われた場合には、ぜひ一度弊所までご相談ください。