動物病院・アニマルクリニックは、人の医療機関と似た紛争を抱えながらも、経営を縛る法制度がまったく異なります。医療法人のような開設主体の制限がなく、株式会社が自ら開設者となって経営できるためです。その結果、資金調達、利益の分配、事業承継、そして経営が行き詰まったときの再建手段に至るまで、医療法人とは異なる選択肢が開かれています。
一方で、長く「倒産しない業種」といわれてきた動物病院も、ここ数年で経営環境が大きく変わりました。本稿では、最近の経営トレンドを踏まえたうえで、医療法人との制度上の違いと、それが動物病院の法律問題にどう影響するかを解説します。
動物病院・アニマルクリニックの法律問題と比較することで、人の医療機関の法律問題や経営上の課題も見えてきます。
1 最近の動物病院の経営トレンド
動物病院は、倒産とは無縁の業種から「勝ち組と負け組が分かれる業種」へと変わりつつあります。東京商工リサーチによると、1996年度から2023年度までの倒産は最多の年でも3件でした。ところが2024年度に5件、2025年度は4月から1月の10か月で8件となり、2年連続で過去最多を更新しています。倒産に至らない休廃業・解散も、2024年は2013年以降で最多の46件でした。
背景にあるのは、飼い主の目が厳しくなったことによる競争の激化、CT・MRIなど高度医療機器への投資負担、そして獣医師・動物看護師の人手不足です。2025年度の倒産8件のうち3件は、人手不足が影響したものでした。農林水産省の統計では、診療施設の開設届出数は増え続ける一方、獣医師数は減少しており、施設あたりの人材の奴い合いが続いています。
需要側も変化しています。ペットフード協会の調査では、犬の飼育頭数は2016年の約800万頭から2025年には約682万頭まで減り、猫(約885万頭)を大きく下回っています。頭数は頭打ちですが、ペットの高齢化により1頭あたりの医療需要は増えています。ペット保険の加入率も約20%(2024年、アニコム推計)まで上がり、高額な検査・手術を選ぶ飼い主が増えたことが、設備投資競争を後押ししています。
こうしたなかで進んでいるのが、大手グループによる統合です。上場する動物病院グループのWOLVES HANDは、M&Aで取得した病院の寄与により2026年6月期第3四半期の売上高を前年同期比13.6%伸ばし、グループ経営の効率化や診療価格の見直しにより営業利益を43.6%増やしています。後継者のいない個人病院が大手に引き継がれる流れは、今後も続くとみられます。
2 医療法人との違い① 株式会社が直接経営できる
動物病院は、株式会社が自ら開設者となって経営できます。獣医療法は開設者に資格要件を設けておらず、診療施設を開設したときは開設後10日以内に都道府県知事へ届け出れば足ります(獣医療法3条)。求められるのは、開設者が自ら獣医師として管理する場合を除き、獣医師の管理者(院長)を置くことだけです(同法5条)。
人間の医療では事情がまったく異なります。医療法は営利を目的とする病院等の開設に許可を与えないことができると定め(医療法7条7項)、行政実務でも非営利性が確認されるため、株式会社は原則として病院や診療所を新たに開設できません。医療法人には剰余金の配当禁止(医療法54条)があり、理事長も原則として医師・歯科医師でなければなりません(同46条の6)。設立にも都道府県知事の認可が必要です。
動物病院ではこれらの制約がないため、株主への配当、外部投資家からの出資や募集株式の発行、獣医師でない経営者の登用、従業員へのストックオプション付与など、一般企業と同じ資本政策を取れます。上場する動物病院グループが生まれているのも、この制度の違いがあるからです。
ただし、経営と診療が分離しやすい分、管理者である獣医師の判断と経営側の収益目標が衝突する場面が生じます。過剰な検査ノルマや診療方針への介入は、医療過誤や飼い主とのトラブルの火種になります。管理者の権限と責任を社内規程や雇用契約で明確にしておくことが大切です。
3 医療法人との違い② MS法人を組み合わせなくてよい
動物病院では、診療とそれ以外の事業を1つの会社でまとめて行えるため、MS法人(メディカルサービス法人)を別に設ける必要がありません。
医療法人は、本来の医療業務と法定の附帯業務しか行えず(医療法42条)、収益業務は社会医療法人に限られます(同42条の2)。そのため、病院不動産の保有や賃貸、医療機器のリース、物販、事務代行などをMS法人に切り出し、理事長一族がその株式を持つ構造が広く使われています。しかし、医療法人とMS法人の取引価格が適正でなければ税務上否認されるおそれがあり、関係事業者との取引状況の報告も求められます(同51条)。M&Aや閉院の際には、2つの法人を切り離すべきか一体で扱うべきかを整理する必要も生じます。
株式会社が開設する動物病院では、診療に加えてトリミング、ペットホテル、フードやサプリメントの販売、ペット保険の代理店業務、不動産の保有まで、定款の目的に加えれば同じ会社で行えます。法人間の利益移転をめぐる税務リスクがなく、事業を引き継ぐときも株式を譲渡すれば一体で移転できます。
ただし、事業ごとの許可・登録は別に必要です。ペットホテルやトリミングは原則として動物愛護管理法の第一種動物取扱業の登録が、診療を伴わない動物用医薬品の販売には薬機法上の販売業許可が、保険の勧誘には保険業法上の代理店登録がそれぞれ必要です。事業を広げるほど、許認可の管理が法務の要になります。
4 医療法人との違い③ M&A・事業承継がしやすい
株式会社が経営する動物病院は、株式を譲渡するだけで事業を丸ごと引き継げます。開設者である会社自体は変わらないため、開設届を出し直す必要はなく、院長が交代する場合に管理者の変更を届け出れば足ります。譲渡対価は株主である創業者に直接支払われ、役員退職金と組み合わせた対価設計も柔軟に行えます。事業譲渡の方法を取る場合も、廃止届と開設届の届出だけで済み、許可を待つ期間はありません。
医療法人のM&Aはそういきません。持分のある医療法人では出資持分の譲渡に加えて社員・理事の入替えが必要で、持分のない医療法人ではそもそも譲渡対価を支払う受け皿がなく、退職金などで対価を調整する工夫が要ります。合併・分割には都道府県知事の認可が必要で、保険医療機関の指定も考慮しなければなりません。この手続の重さの差が、動物病院で大手グループへの統合が進む理由の1つです。
もっとも、動物病院のM&Aにも固有の注意点があります。
・獣医師の引き止め:
事業価値の多くは院長や勤務獣医師についています。人の医療でも同じく長く獣医師不足となっており、譲渡後の一定期間の勤務継続や競業避止を契約で定めておかないと、飼い主ごと流出しかねません。
・人や施設に紐づく許認可:
麻薬施用者免許のように獣医師個人に付与されるものや、エックス線装置の届出などは、事業の移転とは別に手続が必要です。
・簿外債務:
獣医師・動物看護師の未払残業代や、いわゆる名ばかり管理職の問題は、買い手のデューデリジェンスで指摘されやすい点です。
・不動産の扱い:
院長個人が建物を所有している場合は、売却するのか、買い手に賃貸するのかを対価と一体で決める必要があります。
・個人経営の病院:
個人事業のままでは株式譲渡が使えないため、事業譲渡によるか、譲渡前に法人化するかを検討します。
5 経営が苦しいとき 民事再生のほか会社更生も使える
株式会社が経営する動物病院は、経営が行き詰まったときに、医療法人より多くの再建手段を選べます。会社更生(会社更生法1条)と特別清算(会社法510条)は株式会社だけを対象とする手続で、医療法人や個人経営の病院では利用できないからです。
民事再生は、経営者が経営権を保ったまま再建を進められるのが利点です。ただし、担保権は「別除権」として手続の外で行使できるため、病院の土地建物に押えさえる金融機関や、高額な医療機器のリース会社とは個別に別除権協定を結ぶ必要があります。交渉がまとまらないと、診療に欠かせない資産を失うおそれがあります。
会社更生では、担保権も「更生担保権」として手続に取り込まれ、更生計画に従って弁済されます。担保権の実行を止めたまま、不動産や機器を使い続けて再建できる点が最大の特徴です。その代わり、原則として管財人が経営権を持ち、予納金も高額になるため、複数の病院を抱えるグループ法人など、一定以上の規模で選択肢になる手続です。
実際には、裁判所を使わない私的整理から検討するのが通常です。中小企業活性化協議会や「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」を使えば、飼い主や取引先に知られずに金融債務だけを整理できます。大手グループによる統合が進む今は、支援企業(スポンサー)を見つけて再建と事業譲渡を一体で進める方法も現実的です。
どの手続を取る場合でも、院長が個人保証しているなら「経営者保証に関するガイドライン」による保証債務の整理を並行して進めることが重要です。また、動物病院特有の問題として、入院中・預かり中の動物をどう引き渡すかを、手続開始前に計画しておかなければなりません。
6 自由診療クリニックに近い収益構造と法的リスク
動物病院には公的な医療保険制度がなく、すべてが自由診療です。診療報酬の公定価格がないため、各病院が料金を自由に決められ、コスト上昇を価格に転嫁することもできます。収益構造は、美容医療や審美歯科など自由診療中心のクリニックに近いといえます。ただし、地域の病院同士で料金を申し合わせることは、独占禁止法上問題となりえます。
この構造から、自由診療クリニックと共通する法的リスクが生まれます。
・費用をめぐる紛争:
検査や手術の費用を事前に説明していないと、「聞いていない」として支払を拒まれたり、返金を求められたりします。治療内容と費用の説明を記録に残すことが基本です。
・未収金の回収:
人の医療であれば社会保険や国民健康保険が主な請求先となりますが、請求先はすべて飼い主個人となります。時効は原則として5年です。少額訴訟や支払督促を使えます。引き取りに来ないまま動物を放置された場合は、飼育費の負担や動物愛護管理法との関係も問題になります。これは人の医療では滅多に起こらない事象と言えるでしょう。
・ペット保険との関係:
窓口精算を導入している場合、診療費の一部は保険会社への請求になります。人の医療の診療報酬請求に似ていますが、根拠は民間の契約です。保険金が下りなかったときに、差額を飼い主に請求できるかをめぐるトラブルも起きています。
・医療過誤:
動物は法律上「物」であり、損害は治療費や葬儀費などが中心です。ただし家族としての愛着を理由に飼い主の慰謝料を認める裁判例もあり、説明義務違反を理由とする請求は今後も増えるとみられます。
・カスタマーハラスメント:
高額な治療や死亡をきっかけに、長時間の押し掛けや電話、口コミサイトやSNSへの投稿に発展する例が少なくありません。人手不足のなかでは、スタッフの離職を招く経営リスクでもあります。
・広告規制:
獣医療法17条は、獣医師・診療施設の技能・療法・経歴に関する広告を原則として禁じています。令和6年4月の施行規則24条改正により、問い合わせ先・診療内容・リスク・費用を併記すれば技能・療法も広告できるようになりましたが、他院との比較や誇大な表現は引き続き禁止で、違反には50万円以下の罰金があります(同法20条)。なお、自院のウェブサイトは誘引性がないとして広告規制の対象外とされていますが、景品表示法の規制は及びます。
一方、人の医療と違う点もあります。過失で動物が死亡しても業務上過失致死罪は成立せず、刑事責任を問われる場面は限られます。診療簿の保存期間も原則として3年(獣医師法21条)と、人のカルテ(医師法24条、5年)より短くなっています。
7 まとめ
動物病院は、紛争の型では自由診療クリニックに似ていますが、経営の制度では医療法人より一般企業に近い存在です。株式会社による直接経営、MS法人を必要としない一体運営、株式譲渡による簡便な事業承継、そして会社更生まで含む再建手段の広さは、いずれも医療法人にはない選択肢です。
倒産や休廃業が増え、大手グループへの統合が進む今、この選択肢を早い段階で検討できるかどうかが、創業者の利益と地域の診療を守る分かれ目になります。後継者がいないとき、資金繰りに不安が生じたとき、飼い主やスタッフとのトラブルが続くときは、問題が大きくなる前に弁護士にご相談ください。
出典
・東京商工リサーチ「動物病院の倒産急増、2年連続の最多」(2026年2月22日)
・東京商工リサーチ「動物病院の倒産増加、大手と地域密着型の競争激化」
・ペットフード協会「全国犬猫飼育実態調査」の集計(CREX)
・WOLVES HAND 2026年6月期第3四半期決算説明資料
(文責)弁護士:片山 敦朗
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